第31話 宇宙の姿 - ふたりが造り出す真実 -
Syrinxが静止した空間は、とても広く、反対側の壁を見つけることはできなかった。その空間に、唯一外部との接触を許されたハッチから光が差し込み、白の壁が、淡く輝いている。
その中、ひっそりとたたずむSyrinx。機体はほのかに赤く染まっていた。
やがて、徐々に入り口は閉ざされ、部屋は白の世界で埋め尽くされる。外観を想像できないほど、無限に白かったが、Syrinxの様相と傷跡が、それをくすませていた。
機体ハッチ付近にある外気圧計測器が、ブルーに点灯した。それと共に、ゆっくりとコックピットが動き始める。
3つに分かれたコックピットの内部装甲がさらに開き、そこから、マサヤが注意深く周りを確認するよう、少しばかり顔をのぞかせた。
彼は、ヘルメットのバイザーを開けた。口から白い息が漏れるのが見える。
マサヤは、コックピット内部に身体をいったん戻し、手に持った銃を見つめる。そして、敵から受けた自分の銃痕を左腕で押さえた。目をつぶり、頭を左右に少しばかり振ると、彼は深く噛み締めながら、銃を一度ホルダーに戻すのだった。
コックピットからハシゴを降ろす。先にマサヤが降り、その後、エレンが降りてきた。
彼女が降りる間、マサヤは周囲を警戒した。彼女の背中が自分のに合わさると、少し安心して呼吸を整える。
「気をつけて…。」
エレンは、マサヤの言葉に緊張を覚え、降り立つと周りを見渡し、警戒した。
その歪みのない空間に圧巻する。吸った息が少し止まっている。背中のマサヤが目に入り、ようやく息を返す。自分の息が、その空間に溶け込んでいくようだった。
彼女は、マサヤと同じようにヘルメットを脱いだことを、後悔した。
「ん、寒い…。」
二人の降り立った室内は、今までになく低温だったのだ。
彼女は、耳を塞ぐように肩をすくめ、身体を小さくした。白い息が自然と流れる。自分の背中越しにある暖かさにうれしさを感じ、少しばかり寄り添った。
宇宙服、パイロットスーツは身体の体温を維持する機能を持ち合わせているが、ヘルメットを外した頭部は、冷たい外気にさらされていた。
エレンは、暖かくなるわけでもないのに、なぜか両手のひらを口元にもっていくと、覆い隠し、息を吐く。指の間から白い息が漏れる。
「寒く…寒くないんですか?。」
彼女は、この寒さに動じていないマサヤを見て、そう思った。
マサヤは、すぐには答えず、彼女を機体影付近に誘導する。再びホルダーから銃を静かに取り出し、両手で持ち返すと、下に構える。彼は、寒さを感じている様子は無かった。
視線を全方位に移す。
「ん、故郷もね、こんな感じなんだ。寒いのは平気かな。」
そんな彼のそぶりに、再び凍えるエレン。身体をいっそう小さくして、口を小さく開く。
「…マサヤさんの故郷って、どこなんですか?」
エレンは、少し彼のことを気になった。だが、彼の答えを聞く間もなく、部屋の中央から何かが競り上がり、二人に再び緊張が走った。
マサヤは銃を素早く上げ、両手で構える。安全装置を解除した。彼女の壁になるように向きを変えて、二人はSyrinxの奥へと後退りする。
丁度Syrinxの影に入ったとき、マサヤは銃を一度下に降ろした。機体装甲を背中にし、そっと、その先にある突起物を見つめる。
「GUARDIANS降下部隊が、あれだけとは思えない…。」
マサヤの発言に、エレンも静かにうなずく。すると、その突起物の一部が、扉のようにスライドした。それは、全体的に丸い筒のような形をしており、中から柔らかな暖かい光を放っている。
二人が、注意深くそれを観察していると、どこからともなく、声が部屋に響く。
『ようこそ、アクエリアへ。』
マサヤは、反射的に聞こえた声の方角へ銃を向けては構えるが、無限の空間のためか、どこから聞こえたのか、定かではなかった。だが、見えぬ敵に対して、銃口を向けては威嚇を続ける。
『安心したまえ、君達が、始めての訪問者であり、勝者のようだ。約束通り、君達が欲する物を、渡そうではないか。そのためにも、その扉を潜りたまえ。』
マサヤは、少しためらったが、周りに気配が無いことを受け入れると、銃の安全装置に手をかける。軽くため息を吐き、銃はホルダーに戻された。
マサヤは、ゆっくりと扉に向かって歩き出す。それを追うようにエレンが続いた。
二人の歩く足音が遠くに響き続ける。
エレンは、まだ寒さに慣れず、肩をすぼめて、周りを心配そうに見回している。腰を丸めて身体を少し小さくしながら歩いた。マサヤの背中がちょっとでも遠くなると、早足ですぐに寄り添う。
「きゃっ、」
彼女が余所見をしていたとき、彼の背中にぶつかったのだ。
マサヤは動じず、何かを見つめている。そんな彼の正面が気になったのか、エレンは、そろりと背中の影から覗き込んだ。
「あの扉…エレベーター?。」
「そうみたいだ。どこに連れてかれるんだ…。Syrinxからこれ以上離れるのは、ちょっと嫌だな…。敵は、すぐ近くに来ている。」
「うん…。」
マサヤは、その一点を見つめ、離れることなく答えた。
再び、部屋から声が響く。
『どうした?…、君達の欲する物がその先にあるのは、確かだ。』
「僕らを、どこへ連れて行く気だ!。」
『先に進むも、後退するのも、君達次第だ。好きにして構わない。』
マサヤは、声から邪念を感じたのか、卑屈になる。エレベーターと思われる筒の先を睨む。
「っく…。わかったよ!…。」
彼は、もう一度睨みつける。そして、肩の力を抜いて、白い息を吐き、冷たい空気を一気に吸い込んだ。エレンに顔を向けると、合図を送る。エレンも、うなずき、前に進んだ。
マサヤは銃を取り出し、安全装置を外す。
二人の足音が、ようやくこだましたとき、二人の姿は無かった。
…
バーンズは、長距離弾のほとんどをRynexに打ち込んでいた。
「ったく、なんで当たんねーんだよ!。」
巨大な火がAlbionから発するたびに、バーンズはストレスを溜めていく。
Albionは向きを変え、雲に隠れ、一息つくかのように、目標物を変えた。
「ったく、くそめんどくせーこと頼まれたってぇんよ。」
さらに多くの数を、そこからアクエリア支部に対して放った。彼に取って託された目標でもあったのだろうか、彼は、Rynexに弾道を発見されては邪魔されると、コンソールを強く叩きつけて怒った。
もちろん、それらはすべて外れ、彼は何も達成できないでいた。
自前のコンソールで弾道計算する暇はなかった。どんなにうまく隠れても、Rynexに位置を読み取られ、すぐに攻撃を受けるのだ。勘だけが頼りだった。
時折、着弾のアラートが点灯するものの、決定的なダメージを与えられない。苛立が増し、独り言が増える。再び、Rynexの攻撃が彼の機体をかすめた。
Rynexの武器では、ほとんど彼の機体を傷つける事はできていない。バーンズは、それを当然とばかり構え、無視するように機体を静止させる。
「こうなったらよ、最後の手段だあ…。近距離からの破壊だ!。」
作戦を変更しようとしたとき、機体が思うように機能しなくなっていた。ロイの行うピンポイント攻撃は、着実に彼の体力を削っていったようだ。
「バーンズ、もうやめて!。」
キャロルは、涙声でそう叫ぶと、彼に飛びつくようにシートから手を回す。機体の残存CLAW値が限界値まで来ている。バーンズは、身体を起こし、力でそれらを振りほどくと、目の前の動くRynexを追い始めた。
照準が重なり、機体が加速する。
彼は目を見開き、瞬きもせず見つめる。重なる二つの光点が、徐々に彼の口をやわらげていった。
それでもキャロルは、彼の背中を抱きしめ必死にもがく。
「んあ!、この、放せ!!。」
直後、攻撃のアラートが鳴り響き、機体に着弾する。その振動が今までになく大きく彼らを襲う。
バーンズは、キャロルの腕をはね除けた。キャロルは、強く座席に戻され、頭を打つ。
「ふざけてる場合かぁ!!?。」
バーンズが、機体を立て直し、もう一度Rynexを捉えたときだった。彼は、座席裏から嫌な音を聞く。キャロルが、彼に銃を突きつけたのだ。
気づけば彼女は、涙を流し、荒々しく呼吸している。
バーンズは、しらけるように振り返った。彼女の強く見つめる瞳が目に入る。彼女が、突きつけた銃をさらに押し上げる。
彼は、大声で腹の底から笑った。
「おいおい、それは、逆だろ?。俺がお前にするんさ。」
彼女は、銃を強く握りしめた片手を離し、左目の涙を拭き取った。一度息を吸って、銃を構え直す。
そんな仕草に、バーンズはさらに、失笑した。そして、機体を小刻みに動かし、戦場を眺めながら、話し始めた。
「なあ、キャロル、俺はお前が憎くて仕方がないんだ。再び会ったあのとき、いったじゃねえか。殺してやるってよ。」
キャロルの頬に涙が流れ落ちる。バーンズは続けた。
「…どんなに、富や名声、金をはべらかせてもなあ、絶対に手に入らないものがあるんさ。わかるだろ?。くだらんものかもしれないが、俺は…、そいつが欲しいのさ。」
彼は、握るスロットに力を込め、再び身体を起こす。照準には再びRynexの影が見える。彼は、目をつぶった。
「それはよ…戦って、殺し合ったても、手に入れたいものなんだよ。黙って見ているだけじゃあよ…、ただ消えて行くだけなんだよ。自分が、納得するまでやりてえんだ。ただ、妥協と自己弁護を繰り返す毎日は、もう飽き飽きなのさ。キャロル…お前もよ…、っは、くだらねえ!。」
そう彼が言葉を吐くと、キャロルは、自分の名に一瞬びくりと身体を硬直させる。
バーンズは、機体に制動をかけ、一気に後退すると静止する。
「バーンズ!!。」
キャロルは、不意に襲う強烈なGで前に降られたが、声を上げ、もう一度銃を構え直す。だが、銃の先端は、大きく震え始めた。
銃はどんどんぼやけていく。あふれる涙を瞬きして流し込むと、正面の視線に、ロイが飛び込んできた。
バーンズは、目の前に現れるターゲットスコープ、そこに捉え始めるRynexに近づくように身体を前に寄せる。距離が、ものすごい勢いで詰まっていく。
「サシで勝負だあ!、ゴキブリ野郎!!!。」
次の瞬間、手元の長距離弾から、短距離攻撃兵曹へ、彼は右手の親指を上げて切り替えた。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!。」
AlbionからTWIN-SHOTが次々と放たれる。
その銃弾の嵐は、正面のRynexのCLAWを貫通し、着弾していく。Rynexの外装は、凹み、もぎれる。装甲が剥がれ落ちると、Round-Dividerが半壊し、黒煙が上がった。
それでも、Rynexの勢いは留まることがなかった。
バーンズは、さらに叫びながら、押し込んだ親指のトリガーをさらに押し込む。弾ける弾丸。二機の距離は、もうほとんどない。互いのCLAWが弾け飛び、勢いは、防壁を超えた。
二機は接触し、共に砕け散る。Albionのコックピットは、まるでプレス機につぶされたかのようにひしゃげ、むき出しになった。パイロットを保護する装甲板が押しつぶされてもぎれた。
悲鳴のような金属のつぶれ合う音で埋め尽くされ、キャロルは、目の前が赤く閉ざされた。
どれくらいその暗闇があったのかは、わからない。
軋む音が耳の奥に響く。半壊したそれらの部品が、機体本体から剥がれ落ちていくようだった。
次に彼女が気づいた時、自分の身体が、浮遊感で包まれるような感覚に陥った。うっすらと目をあけるキャロル。見慣れた男性が、自分の身体を持ち上げているところだった。
バラバラに粉砕された金属の破片も、宙に浮くように空間が濃く歪んでいた。
彼女は、鼻についた生臭い香りを、硝煙のする右手で無意識に払いのけると、涙が溢れかえった。
「……ロ…イ…。」
重なり合った機体は、徐々にひしゃげる音を立て、力を失うように、ほぐれ、落ち始めた。
バーンズは、身体半分の感覚がないことを理解したところだった。もたれかかった冷たい計器に、鉄の味を吐き出す。
遠ざかるキャロルの影に気づき、うつろな目で、ぼやける姿を二つ見つける。
咽せ返す口を開き、何かをつぶやくように動かすと、動く左手をキャロルの後ろ姿に重ね、人差し指をのばす。彼は、片目をつぶった。
「…ばぁん………。」
満足げに口をへの字に曲げ、遠のく影を見ながら笑ったようだった。
Albionの機能は全て停止した。そして、全てが粉々になり、落下していった。
…
マサヤとエレンが乗るエレベーターは、一定の速度で下降していた。
「すごい…。」
「この施設は、一体何をするところなの…。」
二人は、あっけにとられた。
エレベータに乗ってしばらく下ったところだった。鋼鉄でできた壁と思われた部分が、突如磨りガラスになり、光の空間が広がったのだ。
そのエレベーターは、施設内部の広大なエリアを抜けようとしていた。
そこから見える光景は、あまりにも広く、不思議だった。建物の中に巨大な木の根が入り組み、その木々の隙間から、暖かな光が優しく差し込んでいる。時折、小動物の動きも見えた。広い空間を緑が覆い、果てしなく続くかのような草原。それらは、ゆっくりと風になびいている。
マサヤは、外見の物々しさから想像できない内部を不気味に思ったのか、エレベーターの操作パネルを見つけようと、必死に辺りを探った。だが、何も見つからなかった。
「くそっ!。」
マサヤは壁を叩いた。そのとき、再び、外の景色が消え、再び深くどこかに潜り始めたようだった。
エレベーターに乗り込む前に聞いた声が、再び室内に響く。
『お手柔らかにお願いしたい。…今お見せしたものは、焼土となった惑星を再生させるシステム。我々の真実であり、この宇宙の姿だよ。』
「真実…?、何が言いたい!?。」
『では、君達に聞きたい。』
マサヤは、天井を見上げる。
『ここにあるコントロールパネルを求め、君らは争い続けた。それは、真実であり、ここにあるコントロールパネルこそが、まさに君らの真実の姿ではないのだろうか?。そして、長い歴史の中、求めるがために繰り返した多くの破壊。』
エレンは、声の問いに不安を感じ、マサヤに視線を移す。マサヤは、彼女の表情を受け、何かを飲み込むように、皮肉っぽく声を上げた。
「っく、何言ってんだ!、じゃあそれが、宇宙の姿とでもいうのか!?。」
『ここには、意味の無いものなど、何も無い。ただ、真実のみだ。』
あいまいな言葉でつむぐ声の主に、二人は不安が混ざり合い、怒りに変わっていった。
「ふざけるな!。今すぐ姿を見せろ!!。」
マサヤの声がエレベータ内で反響する。
エレベーターは、徐々に減速する感覚に変わり、二人の身体が一瞬浮く。そして、先ほどの入り口が開いた。
「ようこそ、我がアクエリア支部、GAIAへ。」
白い光が広がる。その正面には、声の主が膝を組んで椅子に座っていた。
マサヤとエレンは、エレベーターからゆっくりと広がる空間に足を踏み入れる。その空間は、まるで、初めに降り立った時のように白く、遠くが霞んでいた。マサヤは、自分と正面に座る男との距離、さらにその奥へと、空間が認識できなくなり、目を数回こする。
正面の男は、微笑みながら自己紹介を始めた。
「私は、アクエリア代表『ペルナ・フェンタ』。皆、P・Pと呼ぶ。好きにしてくれて構わない。」
マサヤは、一歩前に出た。そして、拳を握りしめる。
「それと、君達が、何者なのかは問わない。楽にしてくれ。少年。」
マサヤは早速話を切り出そうとしたが、その前に、P・Pが、椅子の右肘についたスイッチをいじり、二人の足下から部屋の光を消し去るのだった。
白い光に変わって、宇宙空間が広がった。
慌てて、辺りを見回すマサヤとエレン。その空間には、見慣れた戦艦が浮かんでいる。バフラヴィッシュだ。それは、遠く離れたところであり、今まさに繰り広げられている戦場のようだった。
「あ、あれは!?。」
エレンが空間の別の方角を指差し、声を出したとき、一発の閃光がバフラヴィッシュを貫き、爆炎が襲う。
あまりの光に、二人は腕で目を覆った。黒く澄んだ空間が、今度は、真っ赤に染め上がり、叫ばずにはいられなかった。
光はやがて鎮静し、バフラヴィッシュも、再び浮上する。
ほっと胸を撫で下ろすエレンだったが、マサヤは、いてもたってもいられなくなり、握りしめた拳を振り下ろす。P・Pを睨み、叫んだ。
「早く!、今すぐ、パネルを渡してくれ!!。」
映像らしき光が消え、再び、白い部屋に戻る。
よく見ると、P・Pという男が、また、操作パネルをいじっていた。そのとき、マサヤは、今のは映像であり、それ自体も、彼が造り出した幻影ではないのかと疑った。そして、握りしめる拳から腰につけた銃を抜き取ると、彼の方めがけて構える。
「ふざけるなよ!!。一体、あなたは何がしたいんだ…僕らをどうするつもりなんだ!。」
P・Pは、ゆっくりとマサヤの方に顔を向けて細い腕を、さらにゆっくりと椅子の肘掛けに置く。指で自分の肩まで垂れ下がった髪を、巻き付けるようにいじりながら続けた。
「宇宙の営みを行っているまでだよ。少年。」
「営み…!?。」
「君達は、生きるために戦っている。それが君達の生きる道。我々は、自らを宇宙の意志に委ね、すべてを受け入れる道。今、君達は我々を欲している。だから、それを受け入れ、宇宙の営みを運営したまで。」
「!?、なにを言っているんだ…。」
マサヤは、銃をさらに前へ突き出す。
「このパネルは、もともと我々には必要ないもの。お返しする。」
彼の言動が、あまりに評し抜けた言葉にマサヤには理解できなかった。
「わからない…、じゃあなぜ!?、なぜ、あなたは、こんな争奪戦を仕掛けたんだ!?。」
そうマサヤが叫ぶと、左手付近に、上下から光の筋がのびてきた。それは、自分の視線の辺りで、光が収束し、回転しながら四角い物体を形成していく。
空間から物体が生まれたようだった。
マサヤは、そっとその光に手を差し入れると、光の筋が消え、手のひらに落ちるようにクリスタル・キューブが転がる。
彼は目を閉じ、そのキューブを握りしめて頭を振った。
「くっ…こ、こんなもののために…。」
「ここには、意味の無いものなどないと言っただろう。だが、この行為そのものにも意味はあるのだよ。すべてが営みなのだからな。」
先ほどエレベーターで見た光景と彼の言葉が響く。
「多くの破壊と再生…その営み…。」
そして、自分の感じる戦いへの違和感が重なる。
「僕らの…営み?。この戦い、戦うことで生きること…営み、ははっ、そんな馬鹿な…。」
「私達の営み…。この戦い…。」
エレンも彼の言葉に反応して見つめ直す。二人は、徐々に流れ込んでくる理解への恐怖に震えた。
右手に構えた銃を引き寄せ、手のひらで広げる。左手には、コントロールパネルが光る。二つを見つめ、マサヤは唇を噛み締めた。
「…宇宙の姿と真実。これが…。」
「そうだ。君の引くその銃弾一発が、我々へ食事を運ぶ。君達が無造作に撃ち落とす戦闘機1機が、我々一人の一生を造り出す。君達が殺し合いをすることで、我々は生きているのだ。君達の殺戮は、我々の生きる要となる。利潤ではない、欲からだけではない我々の根底に流れる生物の血が、君達の殺戮から、我々の生きる道しるべを見出しているのだ。我々は、食物連鎖を、生物としての営みを果たすのみに留まっている。わかるかな?。君達は異質かもしれないが、我々を生かすための必要不可欠な要素なのだよ。そして、もちろん、そのどちらも、宇宙に無くてはならない、正しき姿なのだよ。」
マサヤはうつむき、心に流れる違和感に支配された。P・Pは、沈黙するマサヤを横に続ける。
「君達は、戦いを否定してはいけない。その行為は、宇宙が造り出したものであり、正しい姿なのだから。だが、勘違いはしないで頂きたい。我々は、戦い助長しているわけではない。あくまで、君達の選択が、我々の生きる道なのだから。」
マサヤの身体には、もう、張りつめた緊張はなかった。すべての筋肉から力が抜け、何かが崩れていくようだった。
「じゃあ、殺し合う事は、すべて、生きるための自然な意思だって言うのかよ?。自分達の意志じゃないのかよ?。」
「もっと大きな意志が、この世界にはある。」
「じゃあ、目の前で死んでいったみんなは、助けることのできなかったみんなは、自分の意志じゃないっていうのかよ…引き金なんて引きたくなくて、いやで、いやで、そんな気持ちも何もかも、違うって言うのかよ!!。」
マサヤは、言葉を完全に失った。
「それが、この宇宙だよ。宇宙を支える営みなんだ。」
P・Pは、終止落ち着いた様子で話すと、肘掛けに置いた指をリズムを取るように何度か動かし、最後に、もう一度、部屋の空間を戦場の映像らしきものに戻しす。そこには、巨大な物体が出現しようとするものが、映し出された。
ケルベロス・システムだった。
「答えは、君達の中にある。…我々は、自分達の営みを守るため、これ以上のことはできない。」
再び深くうつむくマサヤ。
彼は、右手に持つ銃、左手に持つコントロールパネルを、同時に握りつぶすと、歯を食いしばり、両方とも地面に投げ捨てる。二つの金属が、無限に見える空間に叩き付けられ、弾ける音が響いた。
マサヤは、身体を染める恐怖と喪失感に襲われ、何かに当たるように頭を抱え込む。目の前に暗闇が襲った。
「くっそ!!。うあああああ!!。」
「マサヤさん!。」
叫びだすマサヤだったが、エレンが彼の背中から泣きながら力強く抱きかかえた。二人とも泣きそうなくらい顔がひしゃげていた。
エレンは、静止した彼から静かに離れ、かがみ、地面に転がるパネルだけを拾い上げる。ゆっくりと立ち上がり、震えるマサヤの前に、そっと手を差し伸べた。
「今は…これを早く届けなくちゃ…。」
彼女は涙声で、鼻をすすりながら手のひらを差し戻し、震えながら握りしめて胸に押し付けその場に崩れた。
「マサヤさんは、生きて私を助けてくれた…、あれは、違うん。戦うことでも、死んでいくことでもないん。宇宙の意思なんかじゃないん、絶対…。」
震える手のひらをゆっくりと広げる。彼女の手のひらにあるキューブが、ほのかに光る。そして、エレンはマサヤを見つめた。
ただただ、静かな鼓動が伝わり、マサヤは、先ほど彼女を助け出した右手の温もりを思い出す。彼は、それを感じるように自分の手を彼女の手に重ねる。彼が、その手を握りしめると、エレンも、それに応えるように握り返す。
二人は立ち上がり涙を脱ぎ去る。まだ声に震えが残りながらも、彼は声を上げた。
「あなたの言っていることは、確かかもしれない。だけど、僕らは、その意志にさえ逆らってでも、守りたいものがある。生きていて欲しい人がいる。…それが、僕らがもつ意志なんだ。もう…、決めたんだ。」
P・Pは、そんな彼に、柔らかな微笑みを返す。
「そうか、それもまた、宇宙の意志であり、真実なのかもしれないな。」
彼は、そういうと、椅子を後ろに回し、背中を見せる。
部屋は、アクエリアと思われる惑星表面が映し出された。彼をその青き光を前身で受け止めながら、続けた。
「…宇宙は、常にすべてのバランスを整えている。君達がここに来たことも、宇宙の意志なのだろうよ。」
マサヤとエレンは、その部屋を後にした。
エレベーターは、徐々に上がり、最上階で扉が開いた。二人の目の前には、傷つき、汚れたSyrinxがいる。二人は、そこまで無意識に握りしめた手を離さなかった。
マサヤは、Syrinx前で立ち止まると、機体を見上げて、つぶやいた。
「今なら、大尉の言ったこと、わかるような気がする。」
エレンも、同じく機体を見上げた。
「クズハ大尉は、何を言ったん?」
彼は、少し笑って答えた。
「大尉は、僕に伝えたい意志があるって言っていた。」
「大尉は、知っていたん。」
「きっとね。…わかっていても、なお、しなければならない状況。ずっと辛かったんだと思う。誰に明かすこともなく、答えが見つかる訳でもなく。世界は、戦いを押し進めていく。そんな僕も、大尉と出会い、戦う道を選んでしまった…。変えたかったんだと思う。だから、僕を、ここに来させたんだ。」
手をつないだ二人の手に力が入る。
「僕にもわかる。このパネルで戦争を集結させる事が、本当の終局じゃないんだ。」
「でも、このままじゃ、私達は、それを否定する事もできないん。」
「もちろんさ、急いで戻ろう!。」
二人はSyrinxに乗り込む。そして、座席に座ると、マサヤは、マスターキーを入れる。だが、Syrinxは起動エラーを返したまま、止まったままだった。まさかのことに、息をのむ。
「そんな…、さっきのエラーのせいかもしれないん、今、調べる…。」
エレンは、慌てて機器を操作し始めた。
マサヤは、握りしめた手をゆっくりと戻す。そこには、委ねられたケルベロス・システムのコントロールチップがあった。彼は、チップの制御を思い出した。元々一つの制御が成されたなものを分けたこの機器は、他のチップと機能を共有する事で始めて、本来の姿を取り戻すのだ。
彼は、二、三点、Syrinxの初期設定を操作した。そして、チップを腰の収納ケースにしまい、手をスロットに戻し握りしめる。
「U.P-Sを切り捨てて、手動の補助システムに切り替えてみようよ、エレンがいてくれるなら、できるかもしれない。」
エレンは、思い出すように気づき、マサヤの言葉を理解した。操作する手をやめ、優しい笑顔を返す。
「はい。」
機体後方で、ハッチが開きく音がした。差し込んむ光が、ふたりの気持ちを高めていく。
「システムを子パイロット制へ。」
気持ちは、L.E.Oを初めて動かした時に戻った。プロセスごとに伝わる鼓動が、ふたりを興奮させる。動かなくなった機能が復活し、不安定な挙動も消えていた。Syrinxは静から動へ、すべてが生まれ変わったようだった。
機体を反転させ、ハッチに対し、直線の位置に固定する。互いに確認すると、その出口を見つめ直す。光と風が、ふたりを乗せたSyrinxを包み込む。
胸に感じる新たな世界と眩しいくらいに溶け込む空気が、彼らを祝福した。機体からアフターファイヤーが一瞬光る。
日が沈みきり、赤、そして、緑から青へと変わる自然の造り出す神秘的な夜空。Syrinxは飛び出していく。
薄く透き通る色へと移り変わる雲を突き抜けると、機体は変形した。さらに大きな力が吹き上がり、二人を重力から解放する。
赤く羽ばたくふたりを乗せたSyrinxは、その細い筋を、アクエリアの大地に残すのだった。